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ショートショート(全9話)

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〔登場人物 〕

杜葉 まみ : 新米のカメラマンで、東雲 むぎ のいとこ。  

東雲 むぎ : ブックカフェの店主で、杜葉 まみ のいとこ。

桃井 ゆっこ : 杜葉 まみ の友人

第1話 煎茶は冷めていた!

午前3時、まみはムクッと起き上がりアラームを止めた。そして、身支度を整えてから熱い煎茶をタンブラーに注ぐと、ビスケットやらカメラやら防寒着やらを車に乗せて木崎湖に向かった。

 煎茶は友人のゆっこからのお土産である。てか、ゆっこのお土産は、毎度煎茶なのである。甘いお菓子やファンシーグッズの類は、あたしが喜ばないと決めつけている模様。ゆっこ君、あたしゃその手のものが大好きだぞい。

 車を未明にしっぽり走らせていると、思春期の頃のほろ苦い出来事を思い出したりする。そして、あの時とったあの行動は正しかったのだろうか、と後悔する。なんの生産性もない時間である。が、取り立ててすることもないので付き合うしかない。ともあれ、そんな風にして目的地までの道すがら、煎茶でのどを潤し、ビスケットで小腹を満たした(てか、むぎよ。このビスケット湿気っているではないか)。

 やがて、車は木崎湖を見渡せるとあるポイントに到着した。

まみはシートに深くもたれると、夜が明けるのを待つことにした。

 ややあって、まみは日の出とともに撮影を開始した。

朝日を浴びた山々は、言わずもがな綺麗だった。が、ちと空の雲が気になった。でもまあ、自然とはそういうものである。こっちの都合を組んでくれたら、それはそれで困る。自由にやってくれ。

 撮影を終えたまみは、ドリンクホルダーからタンブラーを抜き取り口に運んだ。その時、タンブラーの蓋を閉め忘れていたことに気が付いた。案の定、口にした煎茶は冷めていた。にもかかわらず、美味かった。雄大な自然の前では、冷めていようが美味しく感じる模様。ゆっこ君、これからもお土産は煎茶でかまわぬぞ、うむ。


第2話 今宵は肉を食べよう!

あたしこと、杜葉まみはカメラマンのかたわら、時折、環境調査のアルバイトなんぞもしている。

あたしのところへ転がり込んでくる調査は、ハードなものばかりである。どうやら あたしは『ハードなお仕事をおくれ』と書かれたホワイトボードを首からぶら下げている模様。いや、訂正する。元請けさんは、このあたしを信頼しご指名くださるのだ。なので、期待に応えねば、と良い子のあたしは心底思っている。

調査は手つかずの森に入ることがある。今日のように……。てか、元請けさん。今日は猛禽調査のみで森への踏査は、明日ではなかったか? ハハン、さては今日中にすべての調査を終わらせて、明日の金曜は有給って腹づもりか。察してしまう女の感たるや……。

てなことを考えていたものだから、調査に身が入らず時間を無駄に費やしてしまった。案の定、日が傾きはじめているではないか。「ホーホー、ゴロスケホーホー」とフクロウが鳴き始めたではないか。ともあれ、最短ルートで駐車場に戻らねば。というわけで、アレをするしかないようだ(断っておくが、このショートショートはフィクションである。決してマネはしないように)。

まみは念入りにストレッチをすると、木登りをおっぱじめた。そして、例によって高所から最短ルートをはじき出した。うむ、急いで帰ろう。

 それから20分後、まみは駐車場へと到着した。そして、調査が終了した旨を元請さんに連絡した。すると電話の相手は「杜葉さん、お疲れ様です。報告書はメールしておいてください。では」とおっしゃるはずだった。が、聞こえてきたのは、なんとむぎの声だった。世に言う間違え電話というやつだ。

うむ、あたしは疲れているのだ。なので、今宵は肉を食べよう。大貫妙子のオシャレな曲を聴きながらモリモリとかっくらおう。だから言わせておくれ、むぎよ。

「あの、すみません。肉と大貫妙子のセットをひとつ下さい」

 もちろん、返事は帰ってこなかった。ただ、薄暗い森の片隅でそう声が発せられただけだった。

今日もまぬけなまみである。


第3話 あたしの日なんて来たためしがない!

友人のゆっこ君のお喋りに付き合ってから、近所に住むマダムのお喋りに付き合った。ゆっこ君は仕事の愚痴をるるこぼし続け、マダムは鑑賞してきた映画のあらすじを落ちにいたるまで丁寧に説明してくれた。その映画、観にいく予定だったが、手間がはぶけた。恩に着るよ、マダム。つまり、今日はあたしの日じゃなかったというわけだ。てか、あたしの日なんて来たためしがない。

まみはカウンターに突っ伏していた。しばらく動けそうにもない、と思いながら……。

片や、むぎは店のシャッターを下ろすと、商品の点検と称しフィリップKディックの小説に目を落としていた。

……静かな夜である。といいつつ、どこかで物音がした。ねこかな? とまみ。

「なあ」とむぎは、本に目を落としたままのんびり言った。

「ん?」

「今度、キャンプに行ってくる」

「ふーん。で、いつ?」

「この土日」

「アハハハ、おかしい。この土日って明日じゃん」続けて「てか、お店どうするのさ? 書き入れ時なのに」

「さあ……」

「なんだそれ」それがし、むぎの冗談だとわかって言ったのである。というのも、疲れ果てているのだ。もうどうにでもなれ。ん、また物音だ。ねこかな? 「みゃ~お」ほら思った通り、ねこの声だ。

「ともあれ、キャンプに行ってくるよ。あとは、よろしくな」とむぎは言い、本を閉じた。と同時に、店内の照明が全て消えた。 

 ふへ、停電? このご時世、あの停電? てか、真っ暗だ。「ねえ、むぎ」

「……」

「ねえ、むぎったら」

返事はなかった。落ち着け、興奮するな、ハッピーバースデーだのサプライズがおっぱじまるわけじゃない。これは正真正銘の停電である。とくれば懐中電灯を探さねば、と立ち上がった瞬間、電気がついた。まあ、それはいい。そういうタイミングもあるだろうさ。なんら問題ない。うむうむ。さて、問題だったのは、むぎがいた場所にむぎがいない、ということである。その代わりに、とっくに帰ったはずのゆっこ君がいるのである。彼女は必死に笑いをこらえていた。

そう、これは徳の高い二人が企てたイリュージョンだったのだ。なので、あたしは真顔で拍手をおくった。その後、どうなったかは詳しく言うまい。


第4話 ほら、聞こえてきたではないか!

なんと、通行止めではないか! でもって、さしものジムニーでもUターンできない狭さときている。てことは、来た道をバックするしかないのか。とほほ……。

運転しながら歌に興じていたため、通行止めの看板に気付かなかった模様。とんだまぬけである、あたし。ともあれ、かなりの距離をバックする必要がある。おまけに未舗装のうえ、曲がりくねってもいる。ちと骨が折れるな。まあ、急ぐ必要もないか(慌てるとろくなことがない)。こんな酷道、誰も来ないだろう。てことで、煎茶でもすすろう。一息つこう。

まみは車を降りると体のコリをほぐした。それから、タンブラーを手に取り煎茶をすすった。ホッとした。お茶請けが欲しいな、と思いポケットをまさぐってみると、あら不思議、キャンディーがあるではないか。

悪いことの後には、良いことがあると聞く。てか、良いことってキャンディーなの?。いや、これからもっと良いことが起こるに違いない。だってほら、聞こえてきたではないか。ふへ、聞こえきた?

 次の瞬間、まみの顎は外れかかった。というのも、軽トラックが土埃をおっ立てて走ってきたのだ。その土埃を全身にくらうのは、時間の問題だった(ああ、どうしてくれる……)

土埃がおさまると、小さなおばさまは運転席の窓を開け、「あれま、通行止め」とおっしゃった。それから、あたしの容姿をためつすがめつチェックしてくださった。ともあれ、そうしてくださった謝意を伝えるため、あたしは愛想よく会釈した。すると小さなおばさまは、尋ねてもいないのに、てか、あたしゃ医者でもないのに、どこが痛いだの、どこが悪いだの述べ立てた。その話を全て鵜呑みにすると、車の運転は不可能に思えた(ここまで来たことが奇跡としかいいようがない)早い話、彼女は代わりにバックしておくれ、と頼んでいるのだ。良い子の私は、構いませんよと言うにきまっている。いや、言うつもりだった……。そう、言えなくなったのだ。膝をガクガク震わせて、頬を痙攣させているからだ。

だって、小さなおばさまの連れとおぼしき軽トラックが2台、土埃をおっ立てて、あたし目がけて走ってくるからだ。後方の軽トラックなんぞ視野が悪いにもかかわらず、ぴったり追走してくることには驚きだ。そうか、あの鳴らし続けているクラクションは、潜水艦のソナーの役割を果たしているのか(その技術、プロのラリードライバー顔負けだよ)。この状況、並の人なら卒倒するだろう。直に、あたしもそうなること請け合いだ。かくなるうえは、土埃に紛れて姿を消そう。うむ、そうしよう。そうしたいけど、小さなおばさまの手が……。


第5話 ラジオネームはあたしの極秘事項!

早朝に撮影するのが、あたしのスタイルである。なので、早起きは必須である。夏の山の撮影ともなれば、2時に起きるなんてざらである。もっといえば、あたしは撮影に行かない日でも、4時には起きる。体を朝方にしておくため、そうしているのだ。おかげで『N〇Kラジオ○○便』のヘビーリスナーもとい、ハガキ職人にまで上り詰めてしまった。ちなみに、ラジオネームはあたしの極秘事項に属する。

さて、話をもどそう。早起き=早寝である。なので、あたしにとって22時は深夜に等しい(てか、寝てる)。そして、誰だって深夜の電話には、出たくはなかろう(やっかいな内容だと相場は決まっている)。だのに、今夜に限って、あたしゃためらいもせず通話ボタンをポチっと押したのだ。アラームが鳴ったと勘違いしたのだ。とんだまぬけである。テヘペロ、と言わせておくれ。

「まみ……」

 むぎの声だった。うまくやれば、やり過ごせるかも。

 ややあって、むぎはのんびりと唱えた。

「SOS」

世界中どこを探してもSOSをそうのんびりおっしゃる輩はいない。てなことを思いながら、まみは鼻をつまんで言った。

「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。ただちに電話をお切りください」

 そう言い終えるよりも先に、むぎは、あたしのあの恥ずかしいラジオネームをお店に貼り出すとぬかした。あたしはさっさと白旗を掲げた(てか、極秘事項が漏れてる!)。

「まったく、どうしたっての?」

「あのさ……車のカギ、車の中にあるんだ」とだけ、むぎは言った。

 あたりまえだ。そうじゃなきゃエンジンはかからないし、鉄の塊は動きやしない。それ以外のシチュエーションってのは……。うげ、ま、まさか!

ともあれ、まずは事実確認だ。まみは慎重に言った。

「今、車の中で電話してるんだよね。だよね、ね!」お願いだから、そうだと言っておくれ。

「なあ、まみ。瞬くお星さまが綺麗だよ。ルールルルルルルールル……」

車の外かい! てか、北の国からのルールルルルじゃなくて、徹子の部屋のイントロかい! と突っ込んでから「おやすみ。また明日」

そう言い終えるよりも先に、むぎはうやうやしく陳謝し、また、同じ過ちを繰り返さないための再発防止策を述べた。再発防止策が提示されない謝罪は、謝罪ではないとむぎは心している模様。あんた、日本一謝罪がうまいブックカフェの店主だよ!

「わかったわ。スペアキーを持って行けばいいのね。で、どこにあるの?」

「へえ、店にごぜえます」

「あのさ……」

「へえ」

「あたし、お店のカギ持ってないんだけど」

「へえ、むぎさんの店のカギは、あたしが大事に持ってます」とむぎは言い、カギをジャラジャラと鳴らした。

その音に合わせて、まみの頬が激しく痙攣したのは言うまでもない。

良い子のあたしは、むぎからのコマンドを歯ぎしりもせず遂行した。

それから、アパートに帰ると、田んぼにいるカエルたちの大合唱が佳境を迎えていた。

あたしは派手に手をたたいて恋愛戦線に茶々を入れた。良い子じゃなくなるのも時間の問題である、ああ……。

時刻は11時半を過ぎていた。あと、3時間は眠れる。いや、眠らなければ明日の撮影に差し支える(明日は山に登る予定なのである)。てか、もう差し支えている。こうなったら量よりも質をとろう、うむ。

それから、まみは心身ともにリラックスするべく、オルゴールを聴きながらホットミルクをチビチビとやった。そして、髪を丁寧にとかすと、数少ない自分の長所を確認してから布団に滑り込んだ。瞼の裏側には腹を空かせたバクたちが待っていた(さあ、好きなだけ夢をお食べ)。いざ、眠りの世界へテイクオフ、ふへ……。

ややあって、アラームが鳴った。いや、待て! これはアラームじゃないぞ、手を引っ込めるんだ、まみ! が、すでに遅かった。

「まみ、SOS」と友人のゆっこは、能天気におっしゃった。

まみは光の速度の時間差で気が付いた。酔っていやがるな、と。なので、鼻をつまんで言った。

「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません。ただちに電話をお切りください。でないと、腹を空かせたバクたちが、あなたを襲撃します」

 するとゆっこは、あたしのあの恥ずかしいラジオネームを同級生にばらす、とぬかした。あたしはさっさと白旗を掲げた。てか、むぎにチクったのは、こやつに違いない。

「ゆっこ、タクシーで帰りな」

「その前にクイズ!」とゆっこは言い、お決まりの効果音を口にした。「3日前、誰かさんが沢で転んでずぶ濡れになった折、着替えを届けた才色兼備さんは誰でしょう?」

「……ゆっこどん」

「はい、正解!」

正解しても嬉しくないクイズはそうあるまい。もうどうにでもなれ。「で、今どこ?」

「うむうむ、話がはやくて助かるわ。その前に第2問」

「クイズはもう結構。運転に支障をきたす」

「あら、そ」とゆっこはしめくくり、はずんだ声で「美女3人は、駅前にいるよ~」

 3人送るのかい! と脳内で反響した。あたしは布団に突っ伏した。ラジオネームを変えよう。ハガキ職人は一から出直しだ。


第6話 これが現実ですぜ!

5時間半もあればピストンできる山道を、6時間以上かかってしまった。あたしの頼もしい体力はいずこに? タフな脚力はいずこに? 例のステイホームの折、室内でトレーニングに励むべきだった、ああ……。

そんな時だった。友人のゆっこから電話があったのは。でもって、彼女はこうおっしゃった。

「あのさ、今からトレーニングになって、お金が稼げることしない?」

 一粒で二度おいしいではないか! もちろん、良い子のあたしは、ああだこうだ言わずOKした。

そして、今、あたしは着ぐるみの中にいる(ゆっこの会社のイベントというわけだ)。確かにトレーニングになるが、ちと……。

「ねえ、ゆっこ。しゃべっていいんだっけ?」とまみは、ゆるキャラサポート役のゆっこに尋ねた。

「ダメよ。さっき、キャラの設定読んだでしょ? 子どもたちの夢を壊さないの」

「水分補給したくなったらどうするのさ?」

「そん時は、わたしの肩でも叩きな。バックヤードに連れてくから」

あたしは了解した! とキャラになりきってジェスチャーしてみせた。その時のゆっこの哀れんだ目を、あたしは一生忘れない。

打ち合わせどおり水分補給しつつトレーニングもとい、アルバイトに励んだ。万事順調である。いや、そうは問屋が卸さないのが世の常である。

 ん、ゆっこがいない。どこ行った? これじゃあ例の合図ができないじゃないか。さしものあたしとて、このままではまずい。ひとりでバックヤードにたどり着けるだろうか? ともあれ、サポート役のゆっこは近くにいるはず。なので、あたしはキャラの設定を守りつつ、手を大きく振ることにした。給水タイムだよ、ゆっこどん! 

次の瞬間、何を勘違いしたのかイベント会場にいる子どもたちが、あたしのまわりに集合しだした。それだけならまだしも、誰かがおっぱじめやがった。ローキックだの、正拳突きだの、体当たりだの、目下あの手のサンドバック状態である。

ああ、暑い、熱い、厚い、あたしの全身から水分が逃げおおせていく。すでに、あたしの呼吸は人じゃなくなっている。タガが外れてもうた! 子どもたちよ、このフラフラなゆるキャラを目の当たりにしても、何とも思わないのかい? うげ、目がイっちゃってるではないか(つぶらな瞳はどこいった?)。あたしをしとめる気だ。狩猟本能が目覚めたのだ。手負いのマンモスの気持ちが手に取るようにわかる。いや、わかりたくもない。段々、明日が来るのか不安になる。ひえ~。

その時、あらぬ考えがまみの胸をかすめた。そっか、着ぐるみを脱げばいいのか、と。子供たちの夢が壊れる? 知ったこっちゃない。あたしゃ今、生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。さあ、良い子のみんな、その無垢なお目々で見るがよい。これが現実ですぜ! 

その時、まみはまだ知らなかった。むしろ状況が悪化することを……。


第7話 つい魔が差した!

東雲むぎは、雨の日にキャンプに興じる。平たく言うと、彼は雨をいとおしむ風流な輩なのである。彼はタープの下で読書をするのに、雨音が適したBGMだとぬかすのである。もちろん、あたしにはそれが理解できない。それに、あたしにとって本は、寝る前の睡眠を促すためのアイテムに過ぎない。今のところそれ以上でも、それ以下でもない。ともあれ、むぎのお店は時折、雨が降れば休みになる。

「じゃあ、よろしくな」

むぎはのんびりそうおっしゃると、テントやらシュラフやら分厚い本を引っさげてキャンプに出かけた。

てことで、本日、あたしが店番をする。で、明日は定休日というわけだ。そして今、ご承知のとおり雨が降っているというわけだ。そのせいで、店内の照明ははっきりとしない。BGMもはっきりと聴こえない。また、湿度のせいで肌はベタつき、髪の毛は好き勝手うねっている。どうころんでも風流な気分になれない。てか、退屈……。お客が来ない。来る気配すらない。どうやら町中の信号機が赤になっている模様。となれば、コーヒーでも飲もう。スイーツでも食べよう、うむ。

コーヒーを飲み終えたまみは、コーヒーカップの中に漂う沈黙を見つめていた。その沈黙に誘われるようにして、店内のBGMをOFFにしてみた。すると雨音というウエットなノイズがクリアに聴こえた。

ややあって、まみはふと思った。むぎの言うようにこのノイズは、雨音というBGMなのかもしれないと。なので、つい魔が差した。あたしも風流を体験してみようと。

そしてまみは、店の外に出ると両手を大きく広げた。すると体中から雨音がした。不思議と胸がスッとした。誇らしげな気分になった。うむ、ワルくない。

その時、まみは知らなかった。ゆっこに目撃されていたことを。いや、ゆっこにスマホで撮影されていたことを。いや、声をかけずに立ち去ったゆっこの優しさを……。

 今日もまぬけなまみである。



第8話 ある事実を確かめる!

本日、あたしこと杜葉まみは、友人のゆっこ君とキャンプに興じている。というのも、先日、彼女から「今度の週末、オサレにキャンプでもしない?」とお誘いがあったからである(てか、オサレってなんだ? と尋ねたら、オシャレの更に上だとか。なんとまあ……)。

ともあれ、ゆっこ君がいうには、今度の週末はめでたくチートデイだというのである。なので、お外でバーベキューがしたいというのである。瞬くお星さまが見たいというのである。まあ、何かあったな。地方のOLも色々と大変というわけか。

おしゃべりを楽しみつつ、肉をモグモグ食べ、ワインをグビグビあおった。はたから見れば年頃の乙女には見えなかろう。恐れ入ったか!

さて、さんざん飲み食いした末、最後にスイーツをたいらげると、ゆっこどんはシュラフに滑り込み、とっとと眠りこけてしまった。

片や、あたしもシュラフに滑り込んで眠りこけたかったが、そうは問屋が卸さなかった。どうしてか? たき火に夢中だからである。心が落ち着く、いい夜だ、暖かい、だなんて心境はとっくに通り過ぎてしまっている。今のあたしの心境は、炎が消えてしまったら、このあたしも消えてしまうかもれない。その領域まで飛躍してしまっている(やれやれ)。ちと、たき火に感情移入し過ぎてしまった模様。おっと、火が消える。あぶない、あぶない。こんな調子なのである、ふへ……。

「もう食べられないよ。むにゃむにゃ……」

ゆっこ君のかわいい寝言である。うむうむ、もう食べなくてもよいぞい。

「もう飲めないよ。むにゃむにゃ……」

 これまたゆっこ君のかわいい寝言である。うむうむ、もう飲まなくてもよいぞい。

「うげっ、まみの足って○○と同じ匂いがする、むにゃむにゃ……」

 ……まみは沈黙を保ったまま、たき火が消えるのをジッと待った。

やがて、火が消えると、まみは夜の闇に紛れてある事実を確かめた。

 ゆっこどんよ、○○じゃなくて○○の匂いだぞい、ほれ……。

 その直後、ゆっこどんは飛び起きたとか、飛び起きなかったとか。めでたし、めでたし…


第9話 ふくろうはゴロスケホーホーと鳴く!

「あれ、むぎさんは?」ゆっこはカウンター席に腰を落ち着かせると、そう言った。

 まみはクスっと笑って「今、お出かけ中」と答えた。

「ふーん。てか、なに笑ってんのさ」

「実はね、ゆっこどんよ。聞いてけれ」とまみは言い、今朝の出来事を話しはじめた。

 今朝、まみは、むぎと共にバードウォッチングをしに高原へと出かけた。

天気も良く、高原の爽やかな空気の中、ノビタキ、センダイムシクイ、コサメビタキなどの野鳥を観察することができた。そこまでは、万事順調だった。つまりその後、事件が起きたのである。

むぎは広葉樹にできた大きな樹洞を見つけると「何かいるかも」とのんびり言い、近づいたのである。

何かいるかもしれないのなら、なぜ注意して近づかない? とまみは不思議に思った。が、後の祭りであった。樹洞の中から丸々と太ったネコくらいの大きさの物体が、音も立てずに飛び立ったからである。

次の瞬間、むぎが蹴られる、とまみは思った。というのも、樹洞から飛び出した物体は、フクロウだったからである。日中、フクロウの巣に近づけば襲われるのだ。鋭利な爪で後頭部を蹴られるのだ。ただでは済まないぞ、むぎよ。ほれ、フクロウどんは、激おこぷんぷん丸ではないか。

ともあれ、何とかせねば、とまみは思いフクロウの鳴きまねをしてみせた。「ホーホー、ゴロスケホーホー」(ちなみにまみは、その界隈で知らない人はいないフクロウの鳴きまね名人である)。

とっさの思い付きが功を奏し、フクロウはむぎから注意をそらした。むぎはその一瞬を逃さずフクロウから距離をとることができた。と同時に、派手にスマホを落とす始末であった。

「んで、むぎさんは携帯ショップにお出かけ中ってわけね」とゆっこは言い、目を落とした。

「そういうこと」とまみは、シレっと答えた。

「とんだ災難だったわね」

「はい、コーヒー」

「あんがと」ゆっこはコーヒーをすすると「ねえ、まみ。わたし着替えてくるわ」と言った。

「ふへ、なんで?」

 ゆっこは返事をする代わりに、羽織っていたカーディガンを脱いでみせた。すると、フクロウのイラストが描かれたカットソーが姿を現した。

 ゆっこどんよ、あんたある意味もってるよ。てか、むぎはもう帰って来たよ。ゴロスケホーホーって鳴いてみせようか?

fin

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